”たべる”でいきる。

すべてのお野菜を通じて、今よりもほんのちょっとだけ幸せな食を創っていきたい、24歳八百屋の日記です。

【食の感度を切り口にして、神戸の可能性と危機感を、自戒を込めて】【73話】

こんにちは、じゅん(@mocchi農家さんの語り部)です。

 

だいぶお久しぶりなのですが。

 

ここ最近、ありがたいことにたくさんのコラボやマルシェ出店のお声がけをいただきましてバタバタとしておりました^^;
 

 
今回は11/2(土)に行わせて頂いた、
『ワインと、カカオと、お野菜とのコラボ』
を通して感じたこと、これまでの八百屋で感じたことをまとめました。
 
 
長文になりますが、

『食への感度』

言い換えれば、

『単に食べて、美味しかったね、はい終わりではなく、それ以上に食というものに生活や文化、経済を豊かにする意味を持たせようとする姿勢』

を切り口にして神戸を考えてみました。
 
 
神戸の現状に対しての可能性と危機感。
相反する二つを書いてみました。
 

終電の中で感じた一つの可能性

 

食を本気で、楽しんで語る者同士が合わされば、
目に見えない”美味しい”は他の人にも伝わるのだ。

そんなことを2日の深夜、終電に乗りながら感じておりました。
 
 
 
ワインのスペシャリストの Nouaisonさん、カカオはもちろん素材、調理法に造詣が深い JHOICECEさんとの今回のコラボ。

 

「野菜もカカオもワインも。今この一皿、一つの雫になるまでに経てきた物語がある。生産者さんとの話、生育の話、どれをとっても知りづらいし、知ってたべたらより美味しいと愛着が増すでしょう」

 
シンプルに言えば、
”もっと、その一口を、美味しくできるよ”
 
 
そんなコンセプトではじめてみたのが今回のコラボでした。
  
  
 
毎週農家さんたちと顔合わせて聞いてきたお野菜や農家さんの紆余曲折をどんな言葉で、どう伝えたら。

どう一皿に表現すれば、よりその一口は美味しく感じ、その感謝だったり、驚く気持ちが農家さんに向くのか。
 
  

造詣が深い方は、こういう捉えどころが難しい価値を形にするのが本当にすごいですね。

 

お野菜の土の香りや本来の味の濃さ、鮮度の良さを表現するために、NOUAISONさんはさながらオレンジの香りがする、オーガニックワインをセレクトしていただき。

 

JHOICEさんは”極力手を加えない”、引き算の形で、一番にお野菜たちのそれぞれが持つ粘り気や香りやコク、農家さんの性格や特徴が伝わる味わいを引き立たせる一皿にしていただき。
 
 
 

不安とちょっとした自信

迎えた当日。

僕は内心、すごく不安でもありました。

美味しいとは、ひどく個人的な主観のもの。だからこそ、僕らは通じ合えて驚き、楽しみあえた美味しいがあったけど、この”矛先が生産側に向く美味しさ”は伝わるのかな?と。


とは言え、不安がってお客様をお迎えするのは失礼。
改めてこれまで踏んで来たことを脳内で噛み締めて、一心不乱に、楽しく農家さんのこと、お野菜のことを話して、その空間を味わっていただきました。
 

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冒頭に戻ります。

不安はちょっとの自信とこれからの期待に変わりました。

 

「野菜ってこんな味がするんですね」
「これはどの方が作られているんですか」

 

来てくださった方々が、口々に満足そうにそう話してくださることを肌で感じ、言葉と美味しいの感情を共有できたからでした。
  


この


”既存の動きの延長線上で考えて生まれる不安が、予期せぬ期待に変わる”

ことこそ、コラボの魅力であり、

 

・大事にする”ルーツ”は同じだが
・表現する場所が異なる
・しかし同じ一皿の上で”ルーツ”を表現できる

 

もの同士で今回のように表現できたとしたら
神戸の食のシーンにて、より神戸の農家さんに思いを向けられる時間が作れるのでは、そんな可能性も感じました。
 
 
 
一方で危機感も。
  
 

「これいくら?」の厚さ

それは、八百屋をやってみて特に感じる肌感覚に起因しているのですが。
 
 
声高に”食の見えない美味しさ/価値”を叫んだり、綺麗に見せたとしても


「んで、結局、これはいくら?」


で終わってしまうことが多いということ。
 
 
こと食領域においては、必ずモノ(お野菜や料理など)が存在していて
『食の感度(コト)』に訴えかけて、これどうですか?と提案した場合に

 

「(コトについて)なんとなくわかったけど、んで結局(モノは)いくらなの?」

 

に話が行きがちで、取り組みの難易度が高いということです。
 
 
もちろん僕の表現の仕方や広報の取り組みに改善点ありまくりなのは大前提なのですが、

それにしても東京方面や海外で同じような動き方、取り組みをしている知人たちのムーブメントの大きさに比べたらすっごくしょっぱい。
 
 
「その価値に触れられる/試してみる」
の土俵に乗る、今回のコラボでいうと集客になりますが、ここに至るまでのハードルがものすごく高い。

 

(余談ですが、体験系/豊かさ系サービスなどの”コト”を提供するものはなかなか関西では根付かないそうです。
確かに関東でいい動きだった旅行系サービスや貸し農園サービスも振るわなかったケースが多いですし。)
 
 
 
話を戻しますが、コト的な価値が広まりにくいことを環境のせいにしようとしているのではないです。
自責にせず、それをしだすと退化していく気がするので。

 

 
一般論としてコト価値がモノ価値よりも伝わりづらいということを考慮しても
事実として、モノ価値優位の割合が他地域と比べて高いのではと感じているということです。
 
 
 
だからこそ、自戒の念も込めてですが、コト価値で文化的にも経済的にもより幸福を生める神戸にしていくのならば、

 

・表面的な狭義の意味でのデザインでオシャレに整えようということではなく
・デザインの中でもよりマーケティング/ブランディングと重なる領域が広い部分に対してスペシャリストから学び、実地で還元する

 

ことに本気で取り組まないと、広まらず、伝わらず。
経済も回らずかなり疲弊するなと思っています。
(正直、現にmocchiでもかなり疲弊してしまい、ペースを落としているコト系の取り組みはたくさんあります。)

 

そんな危機感から、AKINDさんからブランディングを学ぶ取り組みに応募し、mocchiを題材にどう伝えるべきかを学び始めました。
 
 
 
とここまで書いてきて、主観ですごく生意気なことを言っているなと自分でも感じてます。
やっと八百屋で質素な暮らしを営めるようになったくらいの若輩者なので。

 

ですが、いろんな方々と歩みをともにさせていただく中で、この人たちの恩義に報いたいなという思いが広く強くなりましたし、
日本のいろんなシーンをぐいぐいと引っ張っていっている同期たちをみていると、正直めちゃくちゃ悔しくて不甲斐ないこともあります。
  
 
先日、大学の時の同期で、めちゃ仲良い子と飲みました。
足元しっかり固めて動いていたとしても、視座は高く持とう、そう思ってのこの長文でした。
 
 
 
もし最後まで読んでくださった方、いらっしゃいましたら本当にありがとうございます!