”たべる”でいきる。

すべてのお野菜を通じて、今よりもほんのちょっとだけ幸せな食を創っていきたい、24歳八百屋の日記です。

【”食べる”を生業にする八百屋の僕が”おいしい”を科学してみた話】【61話】

 

こんばんは、じゅん(@mocchi農家さんの語り部)です。

 

 今日は、

「食を通じて〜〜〜したい!!」

という人に向けてのブログです。

 

その名も・・・・。

 

【”食べる”を生業にする八百屋の僕が”おいしい”を科学してみた話】

 

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美味しいっていう感情はよく聞く表現で、あちこちで耳にして、目にしますが。

 

僕は八百屋で、お客様の”美味しい”の感情に寄り添ってお野菜をお届けしているので特に起業してからは”美味しい”ってなんやねんということを考えてきました。

 

今日は、ありふれている”美味しい”という感情をちょっと分析してみました。

 

僕なりの考えは、

 

美味しいには3種類あるぞ!!

 

さて、参りましょう。

 

1:五感から感じる”おいしさ”

見て、香って、聞いて、触って、口に入れてみる。

そのそれぞれで感じることのできるおいしさが一番イメージつくものじゃないかなって思います。

一番身近なおいしさ。

 

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そして、これは僕なりの解釈なのですが、

<見る、香る、聞く、触る>

によって想起されるおいしさに結びつく感情は

<口に入れる>

ことで最終的に感じるおいしさを増す役割があると思っています。

 

例)炊きたての白米

見る:ホカホカと湯気が立つお米の姿から感じる

香る:炊きたての甘〜いお米の香りから感じる

聞く:炊き上がる時の”ふつふつ”の音から感じる

触る:しゃもじでよそった時のホワホワの感触から感じる

口に入れる:しっかり立った粒と噛むたびの甘さから感じる

 

つまり、簡単にいうと

見る、香る、聞く、触る=おいしそう

であって、

口に入れる=おいしい

であるっていう感じかな〜

 

 

なので、五感で感じるおいしさとして必須の条件は

”口に入れて舌の味覚を刺激すること”

であって、それ以外の要素は必ずしも必要ではない。

 

 

 このおいしさの特徴は

瞬間的に感じる

 

バチっと一気に刺激がくるから分かりやすいものなのかなと思っています。

 

 

 

2:脳・心理から感じる”おいしさ”

 

このカテゴリの美味しさをmocchiでは提供しようとしてるんですよね。

 

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”このおにぎり、風邪ひいたおばあちゃんが早起きしてわざわざ作ってくれてん”

"このきゅうり、猛暑のハウスの中、手間惜しまず○○さんが作ってくれたんよね"

 

旨味や甘さ、苦さといった数値的な美味しさはもしかしたらコンビニで売っているものと変わらないかもしれない。

 

ただ、その手の平にある食べ物が持っている、ここに届くまでの物語に自分を思いやる”誰か”の愛情・思いやりが含まれていて、

それに食べる側が心動かされ、じんわりと「うま〜〜・・・・。」と心がしみる。

 

そんな想像力を掻き立てる、言い換えると脳や心理を刺激するおいしさもあるなって思うんですよね。

 

このおいしさを感じるには、そもそも論として

 

・”想像力を働かせるスイッチ”として食べ物が持っている物語を語れる人や仕組み(動画など)

・想像力を働かせるくらいには十分な心の余裕

・想像力を働かせるくらいには十分な時間的余裕

 

が必要だからこそ、現代の生活ではあまりこのおいしさは感じにくく、逆にこのおいしさを知っている僕らmocchiは「届けたい、このおいしさ!」となっているんだなと思います。

 

 

3:環境から感じる”おいしさ”

 

BBQ、タコパ、誕生日会などなど・・・。

心開ける友人たちや家族と食卓を囲んで

「これうまっ!!!」

とか声出しあって食べる食事って美味しく感じませんか?

 

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疲れ切った夜、一人でラーメンすするのと、

疲れ切った夜、仲間と一緒にうま〜って言い合いながらラーメンすするのと

両方のシーンをイメージして、どっちがおいしそうな画に見えますかね?

 

ほとんどの人は、誰かと食を囲んでいる時の方がおいしそうに映るんじゃないかな〜。

そういう、食べる環境から感じられるおいしさもあるなって思ってます。

 

 

 

食から得られる幸福に対しての”閾値(いきち)”が低い人が最初の仲間!?

 

僕が思う、”おいしさ”のカテゴリを ここまでで整理してきましたが、

”食”を通しておいしさの提案をしているサービスは、おおよそのところで上記3つのカテゴリのどれか、あるいは複合的に合わせ技でおいしさを提案していると分析してみて思います。

 

そして、そのおいしさの提案が多くのファンを生み出しているサービスに共通している特に大事なこととは、

 

自分たちが表現したいおいしさを感じる閾値が低い人たち(言い換えると”おいしさ”に敏感な人たち)を最初のユーザーさん、インフルエンサー、仲間としていること

 

 

年代とか性別とかではなく、おいしさに対しての閾値という切り口でユーザーさんを集めたり、仲間を集めていく ことが、”おいしさ”を提案していく上で大事になってくる事業の進め方だなと思っている今日この頃です。